RI2700地区・地区史ノートVol.06「ロータリー創立75周年記念事業(1)」

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■ロータリー創立75周年記念事業

1977年2月21日から26日まで開かれたRI理事会で、1979-’80年度におけるロータリー創立75周年記念事業について、『1979-’80年度中に、ロータリーはその創立75周年を迎えます。 理事会は、R創立第75周年記念事業を研究しているアド・ホク委員会からの報告を受理し、ロータリー史上重要なこの75周年を記念する活動や事業についての計画を進める決議を行った。』と決定し、その旨地区ガバナーを通して、各クラブ宛に通知しました。また、RIからは、各クラブや地区に、R創立75 周年記念の活動を考案、調整するために、『75周年委員会』を設立し、その委員長の任期は2年とすること、また地区協議会や地区大会にも、創立75周年を記念するような企画を取り入れるようにとの要請がありました。

この年、第270地区は新家忠男地区ガバナーの年度でしたが、新家は、75周年記念事業について、次のような考えであると、述べています。

『75周年記念事業として、継続性のあるものを考えたい。 1ケ月健康だった人は、それを感謝して、月末に1,000円ニコ・ボックスする。 1ケ月100パーセント出席の人は、お金を出せ。 そうすると、クラブの90パーセントの人は、ニコ・ボックスするようになる。 270地区に4,400人の会員がいるから、毎月1,000円Х4,000人=400万円集まる。1年で4,800万円だ。 これで障害児のための奉仕やRYLAをやる。 クラブ独自の奨学金制度を作ってもよい。
それを、創立75周年の記念事業にすればよいではないか。 RIから記念事業についていろいろいってきて、会員に義務づけるようなことをいっているが、それには反対だ。』

地区ガバナーとしては、なかなかここまでは云い得ないものですが、さすが新家さんだなと思います。第270地区では、この地区ガバナーの意向を尊重して、各クラブの自主性を尊重し、独自の記念行事を計画実行することになりました。 その詳しい事業内容については、その次の年度のガバナー月信連載されていますから、興味をお持ちの会員は、それをご覧ください。

また、地区全体としましては、創立74周年記念日に当たる1979年2月23日までに、RIが推進している、会員1人当たり15米ドル、クラブ単位で1,500米ドルの寄付を達成して表彰資格を獲得するよう、地区ガバナーからの要請がありました。 各クラブには、『75周年記念キット』が、RIから配布されました。

創立75周年を迎える1979―’80年は、喜多村禎勇ガバナー年度です。 第270地区のR創立75周年記念事業は、喜多村年度に受け継がれました。彼は、当時の石油ショックの影響で、まだ不安定な社会状況を顧慮して、活動の重点を青少年奉仕と職業奉仕との2点に置きながら、この記念事業を推進しました。 この頃は丁度、入試地獄という言葉通り、受験戦争がエスカレートした時代で、シラケの世代だとか、暴走族、校内暴力も目立ったものです。 モラトリアム人間が社会の注目を集めたのも、この頃です。共通一次試験が始まったのも1979年ですが、それも結局は偏差値重視の風潮に歯止めをかけることが出来ないまま、現在に至っています。 若者たちがヘッド・ホンを耳に当てて歩くようになりました。 『赤信号みんなで渡れば怖くない』とか『カラスの勝手でしょ』などという流行語が流行ったのも、その時代の若者だけに見られた現象ではなくて、それが社会一般の風潮だったと思います。 ロータリー活動の重点を青少年に置いたという、当時の喜多村ガバナーの気持ちが分かるような気がします。
R創立75周年の世界大会は、1980年6月1日から6月5日までの5日間、ロータリー発祥の地シカゴで開催されました。 大会には世界110ケ国から約2万人の会員が集まり、日本からは2,645名が参加しました。 大会本会議で、ボーマンRI会長は、長崎RCの岩永光治会員を壇上に招いて、香港における難民救済活動に対する同会員の積極的参加を称えました。
喜多村は、75周年記念事業を推進しながら、この記念すべき年度にこそ、職業奉仕を重視すべきだとして、R創立当時の職業奉仕は『事業経営の方法』というタイトルのもとで進められていたこと、その概念は、長年の間に拡大、深化されたことを説き、職場例会の重要性についても言及しています。
さて、第270地区分割の話は、田中丸善三郎ガバナーの年度から話題にはなっていましたが、それを具体的に取り上げたのは、新家年度からです。 当時地区内のクラブ数は86クラブで、地区ガバナーの業務内容の面から見ても、すでに限界に来ているといってもよい状態でした。 その頃の1つの地区は、40クラブくらいから成り立っていたようで、それから見ますと86クラブというのは、随分多いクラブ数です。地区分割について、地区内全クラブのアンケート調査を行いましたところ、福岡県内の全クラブは分割賛成、反対10クラブ、壱岐、壱岐中央、鳥栖の3クラブは条件付賛成でした。 反対の理由ははっきりしませんが、福岡県内のクラブが分離すると、佐賀、長崎両県のロータリーが衰退するのではないかとの危惧の念があったようです。 地区の分割問題が前提としてありながらも、75周年記念事業を地区内のクラブが一丸となって推進したということは、当時のロータリー活動の一面を知るうえで、大変貴重なことだと思います。
世界のロータリーが、年と共に発展を続けていくなか、1981年3月1日、『国際ロータリー東京支局』が開設されました。 それまでRI 中央事務局宛に送られていた文書類は、以後、特別に指定されたものを除いて、東京支局宛に送ればよいことになりました。
(菅 正 明)

> ロータリー創立75周年記念事業(2)

※本文は菅 正明PGによりまして戸畑東RCのホームページに掲載されましたものを許可を得て地区ページに転載しております。

これをお読み頂いた会員の皆さんは、これを契機に、地区の流れに興味を持っていただきたいと思います。 そして、出来れば、あの時はこうだったと、過去の出来事を思い出して下さい。
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