RI2700地区・地区史ノートVol.07「ロータリー創立75周年記念事業 (2)」

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■ロータリー創立75周年記念事業 (2)

1960年代から1970年の終わりにかけてのロータリーでは、新しい奉仕プロジエクトが次々に誕生しました。 そして1980年代になりますと、それらが一斉に花開き、ロータリーは国際的な奉仕活動に向かって、大きく一歩を踏み出すことになるのです。

第1回のロータリー財団奨学生が決まったのは1951年でした。 その後、高校生を対象とした国際交換学生事業が始まったのが1959年、世界社会奉仕(WCS)の創設は1963年です。 また、1966年には、R財団に研究グループ交換(GSE),専門的訓練補助金、特別補助金の3つの補助金制度が設けられました。 特別補助金は、国際性のある意義あるプロジエクトに対して、100-50,000米ドルを財団から補助するもので、補助金と同額の金額を、奉仕プロジエクトを実施するクラブが準備しなければならないという制度ですが、これは現在実施されている同額補助金(Matching Grand)の原形をなすものです。 1969年には大学課程奨学金制度、1971年には心身障害者教育奨学金制度が、さらに1976年にジャーナリズム奨学金制度が採択されました。

1978年、東京の国際大会で、RIは保健・飢餓追放及び人権尊重のためのプログラム、いわゆる3Hプログラムを発表し、次いで、1979年R財団は、3H―保健・飢餓及び人間性尊重補助金プログラムを設定しました。 RI理事会は、翌年の1980年創立75周年を迎えるに当たって、国連が定めた国際児童年の活動の一環として、このプログラムの実施に踏み切ったのです。 3Hプログラムは、Health, Hungry, Humanityの3つの語の頭文字をとったものです。 HealthとHungryとはそのままでもよく分かりますが、Humanityについて少し説明しておきます。 世界中の人々が幸福な生活を送ることが出来るためには、病気をなくしたり、食料を補給して飢えをなくすだけでは不十分で、教育、社会、文化、環境、職業、人のこころなど、私たちの社会生活全般から個人の心の中の問題まで満たされなければ、本当の平和な世界は得られないという考えから出発したプログラムです。

R財団は、この3Hプログラム実施のための特別基金として、『ロータリー75周年基金』を設けました。 75周年記念基金は、全世界のロータリアンの協力により募金が続けられ、1980年3月27日現在寄付金総額5,300,000米ドルに達しました。 なお、世界の各地区の寄付額上位10地区の内8地区は日本、2地区はドイツで、わが第270地区は第3位でした。 ロータリーの記念事業で、高額寄付地区がすべて第二次世界大戦の敗戦国だというのも、なかなか興味あることです。

ロータリーでは、この後1980年に3Hプログラムの一環として、フィリッピンに対して、600万人分のポリオ・ワクチン投与のための資金援助を行いました。 これが、ポリオ・プラス活動の緒となったのです。
第270地区でのR創立75周年記念事業としては、すでに述べました75周年記念基金への協力の他に、RYLAの実施と地区史の刊行、『ねむの木学園』への協力があります。 夫々の記念事業について、簡単に書いておきます。
RYLAは、ご承知のように、オーストラリアの当時RI第260地区ブリスベーンRCが提唱し、1959年に1週間の期間で第1回の会合が開催されました。 その後1971年より、ロータリーの公認プログラムの1つになったものです。 第270地区ではそれまで、夏季に一般の高校生や、インターアクター、ローターアクターなどを対象とした『青少年野外活動』が毎年実施されていたのですが、これに代わり、R創立75周年記念事業の1つとして、RYLAが取り上げられることになりました。 第1回のRYLAは、新家75記念事業実行委員長のもとで、佐世保 RCがホストとなって、1980年5月18日、19日の2日間、長崎県西彼杵郡大瀬戸町雪の浦『親和森の家』で開催されました。 その後の第2700地区におけるRYLAの発展は、新家PGの尽力と、それを支えた地区委員の熱心な参加によるものです。かれらの努力によって、来る2004年には、第25回RYLAを迎えることになりました。
第1回目のRYLAでは、RYLAについてのPR不足もあって、講演のほかに自衛艦の体験航海など盛り沢山なスケジュールが組み込まれていましたが、参加人員は60名に過ぎませんでした。 第2回RYLAは、『福岡県立英彦山青年の家』で開催、このときの参加人員は、280名を超えました。
地区史の編纂は、新家実行委員長から喜多村地区ガバナーに受け継がれ、福岡RCの鈴木鉄次郎会員が地区史編纂委員長の委嘱を受けて、1980年(昭和55)4月28日第1回地区史編纂委員会が開催されました。 地区史編纂に当たっては、福岡RCの会員で電通福岡支社長の光安彦臣氏の協力に負うところが大でした。 また、編纂資料として、福岡RCの会員だった故松田昌平氏の資料が大いに参考になりました。 これは、昌平氏のご子息である福岡RCの松田順吉会員に受け継がれたものです。 なお、地区編纂委員会は、福岡市博多区大博町1―8 三信会原病院内RI第270地区樋口ガバナー事務所に置かれ、編纂委員として、新家忠男、川村謙二(地区副幹事)、堀部雄一郎(G事務所)、藤井正一(門司RC)、安部 泰(小倉RC)、の諸氏が委嘱されました。

地区史は、『国際ロータリー創立75周年 国際ロータリー第270地区史』として、1981年6月30日『RI第270地区75周年記念委員会』から刊行されました。 この地区史には、1968年以降12年間の記録が収録されています。また、ガバナー、パスト・ガバナーによる座談会や、当時の地区内各クラブの活動状況が掲載されていますが、すでにこの座談会のなかで、第270地区の分割問題が話題となっています。

いま1つの記念事業は、福岡市にある障害児施設『ねむの木学園』への支援です。 『ねむの木学園』は、宮城まり子が私財を投じて育てた施設です。 たまたま地区大会の後援のため宮城女史が福岡を訪れた際、学園の子どもたちが描いた画集1,165冊、宮城まり子随筆集386冊の売上金合計395万円を、学園に寄贈しました。

各クラブは、地区での記念事業とは別に、独自のRI創立記念行事を実施しました。その詳細は、喜多村年度のガバナー月信に掲載してありますので、ご覧下さい。
(菅 正 明)

> 第270地区の分割と新第2700地区のはじまり

※本文は菅 正明PGによりまして戸畑東RCのホームページに掲載されましたものを許可を得て地区ページに転載しております。

これをお読み頂いた会員の皆さんは、これを契機に、地区の流れに興味を持っていただきたいと思います。 そして、出来れば、あの時はこうだったと、過去の出来事を思い出して下さい。
会員の皆さんのご記憶や、保存資料がございましたら、どんなものでも結構ですから、『地区ガバナー事務所』 か、『戸畑東ロータリー・クラブ』事務局まで資料をお寄せ下さい。